ゲインマッチング系プラグイン/M4Lデバイスを整理する

notion image

信じたいけれど信じられない「耳」

ゲインマッチ(レベルマッチ)は自らの耳のガバガバさを知る上で最も重要な作業だと考えている。これは素人の意見であって、プロのエンジニアが実際にどう考えているかはよく知らないが、少なくとも私はそう考えている。
ミックスやマスタリングを行う上で信じるべきは、そのプラグイン(やそのプラグインが死ミューレとする機材)の値段や評判、グラフィックではなく、自分の耳であり、そのデモをどうしたいかというイメージであり、出音とのインタラクションだろう。(イメージとインタラクションは各々で磨き上げてもらうとして)しかし、残念なことに耳は信じるべきものであるにも拘らず、とても信用ならないような性格をしている。
テストしてみよう。下に2つのWavファイルをアップした。1つはアナログ系のEQプラグインを刺しただけのトラックで、もう1つは何も手を加えていないトラックである。どちらが加工済のものか耳だけで判別できるだろうか。誘惑に打ち勝てるのならば、スペアナやメーターなどを使わずに聴いてみてほしい。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どちらがアナログ系EQを通過した音かわかっただろうか。
では次に、2つ目のトラックの音量を-0.5db下げて位相を反転してみてほしい。いわゆるフェイズキャンセレーションというやつである。勘のいい人はこの指示だけでわかると思うが、まあそういうことである。人の耳がどれだけ信用ならないものか身に沁みて理解されたのではないだろうか。

ゲインマッチングの重要性

上のテストは流石に意地が悪いが、しかし、アナログEQのプリアンプ部を通っていた音源を、そうでない音源とラウドネスが概ね一致している状態で聴き比べたときにその違いを具体的に指摘できる自信があなたにあるだろうか。「違う気もするし、違わない気もする……」となるのではないだろうか。
少なくとも私は、アナログ機材をシミュレートしたプラグインによる非線形処理がもたらす差分を明確に識別できていない。「なんか暗くなった……かも?」「ダイナミクスが狭くなった……かも?」「音が前に出てくるとかよくいうけど……むしろ引っ込んでね?」という具合である。
これから紹介するゲインマッチング系のプラグインは、私のような自らの聴覚に自信がもてない人のためにこそ役立つ。
ゲインマッチングとは、その名の通り2つの音源のゲインを一致させることである。ただし「ゲイン」とは伝統的に(非線形な特性をもつ)アナログ機材における入力レベルを意味する用語であって、デジタル化された音楽制作環境においては、異なる音源のRMSないしLUFS/LKFSを一致させる操作であることが一般的である。また2つの音源といっても、普通はエフェクト処理前と処理後のRMS/LUFS/LKFSを一致させるものがほとんどである。
なお、RMS、LUFSは時間的な一定区間の音量の平均値を表す単位であるため、ゲインマッチングがマッチするのはレベル(音量)というよりは時間的な概念である音圧である。そのため、どれくらいの長さで平均をとるかでマッチング処理の度合いが変わってくることには注意されたい。
ゲインマッチングはなぜ重要なのか。それは人の聴覚的な判断力が音圧の差に対して脆弱だからである。
EQやコンプといった処理においては必ず音圧の変化が伴う。ある周波数帯域をきつめのQに設定したベルシェイプでブーストしたときに、どこかの帯域や全体の音量がブーストした分だけ下がってくれるEQは少ない。コンプにしても同じである。だから何かをブーストすれば、それだけ音圧が高くなる。
しかし、EQにおけるある帯域のブーストは、それ以外の帯域のカットとほとんど同じ操作であるし、コンプとデコンプも(概ね)同じような関係性である。こうしたことは考えてみれば当たり前のことなのだが、大半のEQやコンプがそのことを隠蔽するような動作をするため、EQやコンプの相対的な性格を無視した操作は後を絶たない。
そして最悪なことに人の聴覚は高い音圧を好む。ある帯域をブーストすればするほど、大半のEQは音圧もブーストするため、実際には相対的に他の帯域が削られているだけであるにも関わらず、人は「音が元気になった」とか思い込んでしまうのである。キツいコンプによって豊かなダイナミクスが損なわれているにも拘らず「音が前に出てきた」と感じてしまうのである。
Fabfilter Pro-Q3には「Auto Gain」という名称のゲインマッチング機能が備わっているが、これは相対的な観点の抜け落ちた作業者への救済であり、ブーストする手を止めようとしない愚かな我々への戒めである。
notion image

ゲインマッチング系プラグインの一覧

ゲインマッチングはプラグインなしでもLUFSメーターなどがあればマニュアルでできるが、プラグインがあったほうが便利である。
ここからは網羅的にゲインマッチング系のプラグイン/M4Lデバイスを紹介する。

Letimix 「GainMatch」

notion image
  • 動作モード:ターゲットモード、Pre/Postモード
  • 計測方法:Peak、RMS、LUFS
  • 価格:$19
おそらく一番売れているゲインマッチング系プラグイン。
遅延補正機能や、RMSの計測時間の調整、レベル調節の効き具合の調節、ST/L/R/MID/SIDEモードの切替、グルーピング機能、LUFSのフィルターカーブのカスタマイズ(通常はK-weighted)など他社の追随を許さない豊富な機能と、シンプルなUI/UXが強み。Pre/Postモードでは、フェイズキャンセレーションによって差分だけを出力するDelta機能も利用可能。
また多機能であるにも拘わらず超軽量であるため気兼ねなくインサートできる。
明示的にLUFSモードはないものの、デフォルトでLUKS同様のフィルターを内部入力にインサートしてRMSの測定を行うため、実質的にRMSモード=LUFSモードである。フィルターのカーブはカスタマイズ可能で、フィルタリングをオフにすることで純粋な可変RMSによるラウドネス計測もできる。
迷ったらこれを買えばよい(Ableton Liveユーザーは後述するM4Lデバイスを試してからでもいい)。

TB Pro Audio「ABLM2」

notion image
  • 動作モード:ターゲットモード、Pre/Postモード
  • 計測方法:RMS合計、RMS平均、EBU R 128SL、EBU R 128ML、VC、Peak
  • 価格:$49
ゲインステージングモードがある点や多種多様な計測方法に対応している点が特徴的。GainMatchのライバル的存在であり、GainMatchほどミニマムなデザインではないものの、負けじ劣らず多機能である。VSTで探してるなら、GainMatchとこれの好きな方を選べばいいと思う。

MeldaProduction「MAGC」

notion image
  • 動作モード:?
  • 計測方法:?
  • 価格:無料
無料で配布されているゲインマッチング系プラグイン。
Gain Matchのように他のプラグインの前後を挟み込むのではなく、Dryをサイドチェーンに流し込んで使う。
最低でもトラック数が3つは必要になるため使用するのは手間だが、サイドチェーンを利用するために、異なる楽曲/サンプル等の音圧差にも対応できる。
Psycho-acoustic prefilteringという機能があるが、おそらく、Letimixのいうk-weighted Curveのようなものであると考えられる。

HoRNet「CLMS」

notion image
  • 動作モード:Pre/Postモード。ターゲットモード
  • 計測方法:LUFSのみ
  • 価格:$3.3
$3.3という非常に安い価格で導入できる。価格以外で特筆すべきところはない。
HoRNetは痒いところに手が届く系のユーティリティプラグインをとにかく安価で売りまくっているので、これを機に色々漁ってみてほしい。Wavesに20ドルとか払うくらいならここに金を払おう。

ゲインマッチング系のMax For Liveデバイス(Ableton Live専用デバイス)

Noir Labs「Volume Buddy」

notion image
  • 動作モード:ターゲットモード、Pre/Postモード
  • 計測方法:LUFSのみ
  • 価格:$15
Volume Buddyは、他社のゲインマッチング系プラグインのようにエフェクトチェーンをSenderとRecieverの2つで挟み込まなくても、自動で処理前の音を検出してゲインマッチングを行えるM4Lデバイスである。
Ableton Liveユーザーであれば一番気軽にゲインマッチングできるツールではあるものの、エフェクトチェーンの先頭のインプットしか検出できないため、例えば、3~5個目の処理についてのみゲインマッチングを行いたい場合にはルーティングが必要になる。
Sensitivityで感度を調節できるが、単純に計測時間を変えているのか、そもそもの反応感度を調節しているのかは不明。
Holdでレベル調整を固定化できる。

ELPHNTVolume Compensator 3.3

notion image
  • モード:ターゲットモード、Pre/Postモード
  • 計測方法:RMS、LUFS
  • 価格:無料
無償(Name Your Price)で配布されているゲインマッチングM4Lデバイス。
グルーピング機能とターゲットLUFSのビルトインプリセット機能が特徴。
💡
網羅性重視で集めましたが、他にもあればDMなりなんなりでご報告ください。追加します。

ゲインマッチング機能を標準装備するプラグインメーカー(詳細な説明は省略)

  • Fabfilter
    • (おそらく)全プラグインにAuto Gain機能あり
    • (おそらく)Auto Gain機能はLUFSやRMSを計測しているわけではなく、他のパラメーターに連動して動作する動的なアウトプットレベル
  • Klanghelm
  • iZotope
  • Magnus
  • MeldaProduction
    • 全プラグインにAGC機能あり
 
以上